羅馬 羅馬男の馬主人生 1980年
- romanius2144
- 1月16日
- 読了時間: 3分
チャミンの手綱を取っていた奈良井騎手を筆頭に、1980年は羅馬オーナーの周囲の人や馬が多く引退した年であった。
羅馬オーナーの馬を預かっていた平原調教師も勇退し、平原厩舎の馬は滝野川厩舎へ移った。平原調教師の馬に跨っていた滝野川騎手が、今度は調教師として羅馬オーナーの馬と数々のドラマを生み出していくこととなったのである。
また、ロマニウス牧場最初の繁殖牝馬であったフロラベルも高齢を理由に引退した。これまで15頭の産駒を世に送り出し、重賞勝ち馬こそでなかったが、高い勝ち上がり率を誇った。彼女の血はチェッカーオテンバやチェッカーハゴロモに受け継がれていくこととなる。
・チェッカーコウソク
前年にオープン入りを果たしたチェッカーコウソクであったが、既に8歳の高齢であったこともあり、昇級戦以降は精彩を欠いた走りしかできなかった。
オープン戦を8着、7着、12着と大敗したチェッカーコウソクもまた1980年に引退した競走馬の一頭であった。引退後はスピードシンボリとフロラベルの血を後世に残すために種牡馬となった。
・チェッカーハゴロモ
チェッカーコウソクと同様に前年末にオープン入りしたチェッカーハゴロモも、13着、8着、11着とオープン戦で苦戦を繰り返した。チェッカーコウソクと同じく1980年に引退したチェッカーハゴロモもまた繁殖としてフロラベルの血を残していくこととなった。
・チェッカービール
ロマニウスの初年度産駒であるチェッカービールは、新馬戦で強い勝ち方をしてクラシックが期待されていた。前年の黄菊賞やエリカ賞は敗れたものの、年が明けて1勝クラスを勝利したチェッカービールは、クラシックに臨むためきさらぎ賞GIIIに挑んだ。
強豪がそろったきさらぎ賞で6着に敗れたチェッカービールは、クラシックに挑戦するには力不足と判断され、次走を若葉ステークスとした。そこでも3着に敗れたチェッカービールであったが、続く松前特別と五稜郭ステークスを連勝し、オープン入りを果たした。実力を再評価した陣営は、三冠目の菊花賞に向かうため、神戸新聞杯GIIに挑戦し、3着の好成績を残した。
そしてロマーナぶり、牡馬では初となるクラシック挑戦となった菊花賞は惜しくも6着に終わり、掲示板に乗ることは叶わなかった。それでもその次に挑んだアンドロメダステークスでは勝利し、その力を再び証明した。
・チェッカーボット
プルトニアが生んだロマニウスの二年目の産駒であるチェッカーボットは、ロマニウス牧場にとって思い入れの深い馬たちの血を継いだ一頭として期待されていた。だが、奈良井騎手を鞍上とした新馬戦は6着に敗れた。続く未勝利戦では3着と惜しい競馬をしたが、3戦目では4着と後退した。
奈良井騎手から大島騎手に乗り替わり、芝からダートへ戦場を変えた3戦目は、作戦勝ちが功を奏し、見事勝ち上がりを決めた。そして昇級緒戦でも2着に連対し、素質を示した。だが、次走のルスツ特別で6着に敗れると、続く1勝クラスでも9着に沈み、スランプの恐れが陣営の頭をよぎった。
しかし、陣営の心配をよそに、チェッカーボットは11月の福島競馬場で行われた1勝クラスで見事勝ち上がり、2勝クラスに昇級した。
・チェッカーグルメ
評価の高い種牡馬ノーザンテーストの種をつけたプルトニアから生まれたチェッカーグルメは、その前評判にたがわぬ強い勝ち方で新馬戦を終えた。チェッカーグルメは、前年のチェッカービールのようにクラシックを期待される一頭となった。

コメント