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羅馬 羅馬男の馬主人生 1993年
・チェッカーアトラス 8歳の古豪チェッカーアトラスは、前年はトウカイテイオーという強敵に阻まれ、GIタイトルを重ねることができなかった。そんなチェッカーアトラスが1993年緒戦に選んだのが、中山記念GIIであった。有馬記念以来3か月ぶりとなる重賞の場で、チェッカーアトラスはGI馬としての力を見せつけ、勝利を飾った。 中山記念を叩いて挑んだGI大阪杯。トウカイテイオーこそ不在であったが、もう一頭の強豪メジロマックイーンが出走しており、チェッカーアトラスはまたしても2着に惜敗してしまった。 メジロマックイーンとトウカイテイオーという強豪を避けたチェッカーアトラスは、安田記念GIに向かったが、ここではマイルの強敵ヤマニンゼファーの2着に敗れ、2つ目のGI奪取とはならなかった。 日本にはレヴェルの違うライバルが多くいることを理解した陣営は、オーナーの悲願であるベルリン大賞GIにチェッカーアトラスを出走させるも、ここでも世界の壁を前に4着。チェッカーアトラスにとって3度目となるベルリン大賞であったが、初回の14着、2回目の12着から確実な成長を観て取ること


羅馬 羅馬男の馬主人生 1992年
・チェッカーアトラス 7歳になったチェッカーアトラスは、前年と同じく、1992年も掲示板を外すことのない安定した走りを見せた。 緒戦の中山記念GIIでダイタクヘリオスの2着に惜敗したチェッカーアトラスは、大阪杯GIでトウカイテイオーの2着、東村に乗り替わっての宝塚記念GIでチェッカービゼンの2着と、名だたるライバルたちと激しい戦いを繰り広げた。 東村を継続騎乗させた札幌記念GIIではイクノディクタスにレコード勝ちし、大島に鞍上を戻したオールカマーGIIでもイクノディクタスを下したチェッカーアトラスは、秋のGIである天皇賞秋と有馬記念の双方をトウカイテイオーに敗れた。 ・チェッカータベルナ 6歳になったチェッカータベルナは、年上のチェッカーアトラスと同様の安定した走りを見せた。京都記念GIIで勝ったチェッカータベルナは、日経賞GIIではメジロライアンの2着、ヴィクトリアマイルGIではテンマアプスの3着に敗れたが、続くチャレンジカップGIIIでは1992年初勝利を飾った。 その後、富士ステークスGII3着を挟んで臨んだマイルチャンピオンシップGIでは


羅馬 羅馬男の馬主人生 1991年
・チェッカーアトラス 羅馬オーナーの所有馬の中で最年長のチェッカーアトラスは、大阪杯の勝ち馬としての貫禄を見せつけるかのように、1991年は一度も掲示板を外すことがなかった。 緒戦の金鯱賞GIIと続く目黒記念GIIを連勝した後、札幌記念GIIではサクラホクトオーの3着に惜敗した。そして京都大賞典GIIはメジロマックイーンとの激しい叩き合いにおいて、末脚があと一歩のところで届かず、2着に惜敗。 チェッカービゼンと共に出走したジャパンカップGIでは、大島に代わって白井を鞍上とし、ゴールデンフェザントの3着と健闘した。なお、この時メジロマックイーンは4着に敗れ、チェッカーアトラスはライバルに先着したこととなる。 一年の総決算である有馬記念GIではライバルのメジロマックイーンとまたもや激しい戦いを展開し、2着に惜敗した。なお、掲示板は全て冠名チェッカーとメジロで占められた。 ・チェッカーニシキ 青葉賞GII以降、精彩を欠く走りを続けていたチェッカーニシキは、競走生活を継続させる予定であったが、体調は上向かず、種牡馬となった。 ・チェッカータベルナ...
