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羅馬 羅馬男の馬主人生 1990年
・チェッカーユキドケ 前年にGIIと海外GIIIを含む重賞6勝を挙げたチェッカーユキドケは、1990年緒戦とした中山記念で、一番人気を背負いながらもまさかの12着という惨敗を喫した。だが、再び一番人気に推された次走マイラーズカップGIIでは人気に応えた。 GIIを快勝したチェッカーユキドケは、5月、最高の栄誉を手にするためGIヴィクトリアマイルに出走した。GIの大舞台で一番人気に推されたチェッカーユキドケは、重圧に負けずにも自分の走りをし、ついにGIタイトルを手にした。 GI馬の仲間入りしたチェッカーユキドケは、マイルGIである安田記念を次走としたが、ここではオグリキャップがレコード勝ちを決めた。 安田記念で4着に敗れたチェッカーユキドケは、約一年ぶりに渡米してグレンズフォールズステークスGIIに挑んだが、ここも2着に惜敗し、2年連続の海外重賞戴冠はならなかった。 帰国後にアイルランドトロフィーGIIに参戦したチェッカーユキドケは、不在の大島騎手に代わり東村騎手が騎乗し、2着に惜敗した。羅馬オーナーの主戦である大島騎手の負担軽減を試みた起用であっ


羅馬 羅馬男の馬主人生 1989年
・チェッカーゲオルク オープン戦では好走するが重賞では勝ちきれないチェッカーゲオルクは、その走りを1989年も続けた。根岸ステークスGIIIでは5着に入ったチェッカーゲオルクは、仁川ステークスで2着した後、オープン戦を2勝した後、リステッド競争を2着、白山大賞典JpnIIIで4着で終えた。その後、リステッド競争のブラジルカップを勝ったチェッカーゲオルクは、カノープスステークスで4着に敗れ、師走ステークスを優勝して現役を引退した。 ・チェッカーユキドケ 重傷を勝てなかった同期のチェッカーゲオルクとは異なり、既にGIIIを2勝しているチェッカーユキドケは、1989年の緒戦をアメリカで迎えた。メガヘルツステークスGIIIを勝って初の外国タイトルを手にしたチェッカーユキドケは、フェアグラウンズステークスGIIIは5着に敗れて帰国した。 米国で実力を示したチェッカーユキドケは、帰国後、中山牝馬ステークスGIII、阪神牝馬ステークスGIIを連勝した後、英国へ向かった。日本でGIIのタイトルをとったチェッカーユキドケであったが、英国のミドルトンステークスGII


羅馬 羅馬男の馬主人生 1988年
・チェッカーロマン 明け9歳の古豪チェッカーロマンは、1988年の緒戦アメリカジョッキークラブカップGIIを快勝し、3月の中山記念GIIも勝ってGII3連勝を果たした。 満を持して挑んだ6月の宝塚記念では、前年にチェッカーノルドと並んで世界最強馬に選ばれたニッポーテイオーに敗北し、またしてもGIタイトルを手にすることはできなかった。マイルの絶対王者ニッポーテイオーがいる国内ではGIを勝つことができないと考えた羅馬オーナーは、頑張っているチェッカーロマンにGIタイトルを贈るため、目を海外に向けた。 英国で開催されるエクリプスステークスGIに挑んだチェッカーロマンは、GIを10勝しているムトトらと激戦を繰り広げながらも4着に敗れた。続いて、昨年挑戦して7着に敗れたベルリン大賞GIに再び参戦したチェッカーロマンは、成長を見せたものの、惜しくもザフィルバートに2着に終わった。 海外でのGI奪取に失敗したチェッカーロマンは、帰国後、ニッポーテイオー不在の天皇賞(秋)GIに挑戦した。しかし、そこに待ち受けていたのは地方から移籍してきた葦毛の怪物オグリキャップ
