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羅馬 羅馬男の馬主人生 1992年

  • 4月13日
  • 読了時間: 7分

更新日:4月21日

・チェッカーアトラス

7歳になったチェッカーアトラスは、前年と同じく、1992年も掲示板を外すことのない安定した走りを見せた。

緒戦の中山記念GIIでダイタクヘリオスの2着に惜敗したチェッカーアトラスは、大阪杯GIでトウカイテイオーの2着、東村に乗り替わっての宝塚記念GIでチェッカービゼンの2着と、名だたるライバルたちと激しい戦いを繰り広げた。

東村を継続騎乗させた札幌記念GIIではイクノディクタスにレコード勝ちし、大島に鞍上を戻したオールカマーGIIでもイクノディクタスを下したチェッカーアトラスは、秋のGIである天皇賞秋と有馬記念の双方をトウカイテイオーに敗れた。


・チェッカータベルナ

6歳になったチェッカータベルナは、年上のチェッカーアトラスと同様の安定した走りを見せた。京都記念GIIで勝ったチェッカータベルナは、日経賞GIIではメジロライアンの2着、ヴィクトリアマイルGIではテンマアプスの3着に敗れたが、続くチャレンジカップGIIIでは1992年初勝利を飾った。

その後、富士ステークスGII3着を挟んで臨んだマイルチャンピオンシップGIでは、ダイタクヘリオスを下して1着入線を果たし、3つ目のGIタイトルを獲得した。こうして有終の美を飾ったチェッカータベルナは、1992年に引退し、繁殖牝馬となった。


・チェッカービゼン

強力なライバルにタイトルを何度も阻まれてきたチェッカービゼンは、1992年緒戦の金鯱賞GIIもメジロライアンの2着に敗れた。だが、続く宝塚記念GIではチェッカーアトラスに先着し、久々のGIタイトルを手にした。

その後、京都大賞典でも勝利したチェッカービゼンであったが、天皇賞秋から有馬記念にかけての秋古馬三冠は全てトウカイテイオーの2着、3着、8着に敗れた。有馬記念に至ってはトウカイテイオーはレコードを出して勝利した。

ここまで多くの名戦を彩ってきたチェッカービゼンは、1992年末に引退して種牡馬となった。


・チェッカーメガミ

前年末にチャレンジカップGIIIを勝っていたチェッカーメガミは、1992年緒戦の京都金杯GIIIも勝利して調子の良さをアピールした。だが、続く日経新春杯GIIで5着、マイラーズカップGIIで4着、函館記念GIIIで3着と惜しい競馬を強いられた。

8月のクイーンステークスGIIIで勝利したチェッカーメガミは、その勢いを駆って、アンドロメダステークスとターコイズステークスGIIIを連勝した。そしてその重賞勝利を最後に引退し、繁殖牝馬となった。


・チェッカーアムール

現役続行の判断が下されたチェッカーアムールであったが、体調が上向かず、電撃引退して繁殖牝馬となった。


・チェッカーイサベル

オープン3連勝中のチェッカーイサベルは、重賞2戦目の佐賀記念JpnIIIでは6着に敗れ、やはり重賞の高い壁を痛感させられた。

吾妻小富士ステークスと三宮ステークスを連勝したチェッカーイサベルは、再び重賞に挑戦したが、そのエルムステークスGIIIではレコード勝ちをしてみせ、続くシリウスステークスGIIIでもレコード勝ちをして力の違いを見せつけた。だが、地方交流となると、地方の土と小回りコースが合わないのか、JBCクラシックJpnIの8着と浦和記念JpnIIの5着と精彩を欠いてしまう。


・チェッカーナツメグ

前年にオープン馬となったチェッカーナツメグは、1992年の緒戦であるアルデバランステークスこそ3着に敗れたが、続くブリリアントステークスで4勝目を飾った。

初の重賞挑戦となった平安ステークスGIIIは3着に敗れたものの、名鉄杯とブラジルカップを勝って臨んだ名古屋大賞典JpnIIIではサンドリーズンを下し、重賞初勝利を飾った。


・チェッカーヘルメス

不運が重なって出走機会が与えられなかったチェッカーヘルメスは、半年ぶりにレースに出るも6着。そこから2着、3着と惜敗を繰り返した後、再びレースに出られず、年末のアンドロメダステークス4着を最後に引退した。

能力はあるが、出走機会に恵まれなかった可哀そうな馬だった。


・チェッカースイサン

前年に活躍したチェッカースイサンは、1992年も現役を継続するはずであったが、疲れが蓄積していたことを懸念した陣営は引退を決心した。


・チェッカーアロー

前年末に4勝目をあげたチェッカーアローは、しかし、オープンクラスでは苦戦を強いられた。5着、6着、5着、5着、3着、2着、3着と掲示板圏内を行き帰したチェッカーアローは、これ以上の上積みは望めないと判断され、引退して繁殖牝馬となった。


・チェッカーハワイ

ダート替わりが功を奏したチェッカーハワイは、1992年緒戦のダイオライト記念JpnIIで2着に惜敗した後、快進撃を始める。マーチステークスGIII、名古屋グランプリJpnII、マーキュリーカップJpnIII、日本テレビ盃JpnIIと重賞を4連勝したチェッカーハワイは、JBCクラシックでJpnIを初勝利し、その勢いのまま、チャンピオンズカップと東京大賞典というGIを連勝したのである。

チェッカースキー以来の名ダート馬の登場に競馬界の話題は持ちきりとなり、当然のことながらチェッカーハワイは最優秀ダート馬に選ばれた。


・チェッカーカイザー

チェッカーカイザーの3勝クラスでの足踏みは1992年も続いた。それでも11着、11着、4着、2着と徐々に調子を上げていったチェッカーカイザーは、遂に関ヶ原ステークスで4勝目をあげた。

オープン馬となったチェッカーカイザーは、そこでも5着、3着と健闘し、成長した姿を見せた。


・チェッカーデルニー

ポルックスステークスで勝利したチェッカーデルニーは、クイーン賞JpnIIIでは7着に敗れたが、総武ステークスで勝ち、マーチステークスGIIIで4着、平城京ステークスで勝利と、重賞では勝ちきれないが、オープンクラスなら勝ち負けできる典型的な馬であった。

かつてのチャミンを彷彿とさせるチェッカーデルニーであったが、転機は7月のスパークリングレディーカップJpnIIIで訪れた。ここで重賞初勝利を飾ったチェッカーデルニーは、続くブリーダーズゴールドカップJpnIIIでも2着に入り、レディスプレリュードJpnIIで重賞2勝目をあげたのである。

みやこステークスGIIIこそ3着に敗れたが、年末の師走ステークスで再び勝利し、実力を示した。


・チェッカーリボン

1勝クラスで苦戦するチェッカーリボンは、成長が期待されて1992年も現役を続行することとなったが、羅馬オーナーは考えを翻し、引退して繁殖牝馬となった。


・ロマノアイゼン

1992年のダートクラシック戦線を期待されたロマノアイゼンは、緒戦の1勝クラスを快勝して前哨戦に臨んだ。だが、京阪盃JpnIIで4着、本番の羽田盃JpnIでも4着に敗れたロマノアイゼンは、路線を変更して関東オークスJpnIIに出走して重賞を初制覇した。

関東オークス馬となったロマノアイゼンは、続くレパードステークスGIIIとマリーンカップJpnIIIでは2着に敗れるも、カノープスステークスとベテルギウスステークスを連勝して1992年を終えた。


・ロマノカイゼリン

デビュー戦を快勝したロマノカイゼリンであったが、フェアリーステークスGIIIでは11着に大敗し、自己条件でも6着、3着と鳴かず飛ばずの戦績であった。

駒ケ岳特別をレコードで勝って2勝クラスに上がると、昇級後は2着、2着、4着と安定した走りを見せ、11月に3勝目、その勢いのままオリオンステークスを勝ってオープン入りを果たした。


・ロマノアントニウス

トニービンとロマーナの子ロマノアントニウスは、初戦を勝つとエリカ賞も勝ち、翌年のクラシックが期待された。


・ロマノソレイユ

新馬戦でキルデアサイトとの激しい戦いを制したロマノソレイユは、父サンオーイ、母チェッカースキーという血統。2戦目のプラタナス賞も勝利したロマノソレイユは、芝のロマノアントニウスに並ぶダートのクラシック路線に名乗りをあげようとしたが、全日本2歳優駿JpnIでは6着に敗れた。


・ロマノネプチューン

父チェッカーロマン、母チェッカーワタツミというロマニウス牧場らしい血統のロマノネプチューンは、新馬戦こそ3着に敗れたものの、2戦目で勝ち上がった。


・カメーナエ

幼駒セールで購入された父ハイセイコー、母ハギノトップレディ、母母イットーという競馬史に名を残す血統を評価された。カメーナエと名付けられた本馬は、デビュー戦で4着、2戦目で2着、リュテエ騎手を鞍上に迎えた3戦目でも2着と惜しい競馬を繰り返した。


1992年、チェッカーズの初年度募集馬の一頭チェッカージャンヌはクラシックに出走し、勝てこそはしかなったが、そのレベルの高さが話題となった。

滝野川調教師は継続して優秀技術調教師の誉れを獲得した。



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