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羅馬 羅馬男の馬主人生 1987年
・チェッカーノルド 前年の年度代表馬に選ばれたチェッカーノルドは、1987年の緒戦を香港ゴールドカップGIで迎えた。レーティング135を獲得し、ニッポーテイオーと共に世界最強馬となったチェッカーノルドは、ベルリン大賞ぶりとなる海外GIで成長した実力を見せ、初の海外GIを獲得した。これは羅馬オーナーにとっても初の海外GIとなった。 香港から帰ってきたチェッカーノルドは、天皇賞春秋制覇を達成するため、天皇賞(春)に挑み、ここでも勝利。GI6勝目を飾った。 ここまで順調であったチェッカーノルドだが、その前に強敵が立ちはだかる。マイルの絶対王者ニッポーテイオーである。安田記念GIでチェッカーロマンを破ったニッポーテイオーは、連闘で宝塚記念に参戦。勢いそのままに2週連続でGIを取ってしまったのである。 ニッポーテイオーの2着に敗れたチェッカーノルドは、世界最高峰のレース凱旋門賞GIに挑むため渡仏した。だが、前哨戦のフォワ賞GIIで6着に敗れ、本番では15着に大敗して帰国した。羅馬オーナー初の凱旋門賞は、こうして無念の内に幕を閉じたのである。...


羅馬 羅馬男の馬主人生 1986年
・チェッカーロマン 善戦を続けていたチェッカーロマンは、前年に京成杯オータムハンデGIIIで初めての重賞勝ちを決め、続く鳴尾記念GIIIでも勝利した。勢いそのままで挑んだ1986年緒戦の京都金杯GIIIでも勝利し、チェッカーロマンは実力を示した。 GIIIを3つ獲得したチェッカーロマンが次に挑んだのは、京都記念GIIであったが、ここではスダホークの2着。続く日経賞GIIとマイラーズカップGIIでもギャロップダイナの2着と惜敗した。だが、5月の目黒記念GIIではチェスナットバレーを下してGII勝ちを果たした。 念願のGII勝ちを果たしたチェッカーロマンは、夏に渡英し、サマーマイルステークスGIIに挑むも、ここは6着に敗れた。 海外の壁の厚さを確認したチェッカーロマンは、帰国後、京都大賞典に挑み、ここでは大逃げを打ったシンブラウンにペースが速まり、最終的にはスズカコバンとの叩き合いを制してレコードで勝利した。なお、目黒記念2着のチェスナットバレーは3着に敗れている。 GIIを2勝したチェッカーロマンは、続いてマイルチャンピオンシップGIに挑戦するが、


羅馬 羅馬男の馬主人生 1985年
・チェッカーロマン 重賞勝利まであと一歩という競馬を繰り返すチェッカーロマンは、前年と一昨年に続き、1985年も善戦どまりかと思われた。緒戦の日経新春杯GIIはサンオーイの3着に敗れ、続くダービー卿チャレンジトロフィーGIIでも2着、リステッドの都大路ステークスでも2着と重賞以外でも勝つことができなかったからである。 7月に挑んだ小倉記念GIIIも5着に敗れたチェッカーロマンであったが、休みを挟んだ9月の京成杯オータムハンデGIIIで好走し、初の重賞制覇を飾った。ここで変わり身を見せたチェッカーロマンは、3ヶ月後の鳴尾記念GIIIでは何とレコード勝ちを決めた。覚醒したかに思われたチェッカーロマンは、現役を続行し、翌年にはGIIに挑戦することとなった。 ・チェッカースキー 前年の最優秀ダート馬であるチェッカースキーは、1985年を、フェブラリーステークスへのたたき台としたプロキオンステークスGIIの勝利で始めた。そして本番のフェブラリーステークスGIも逃げ切り勝ちを決め、中央の両ダートGI制覇を達成した。 最優秀ダート馬の力を見せつけたチェッカース
