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羅馬 羅馬男の馬主人生 1988年

  • 3月9日
  • 読了時間: 8分

更新日:3月25日

・チェッカーロマン

明け9歳の古豪チェッカーロマンは、1988年の緒戦アメリカジョッキークラブカップGIIを快勝し、3月の中山記念GIIも勝ってGII3連勝を果たした。

満を持して挑んだ6月の宝塚記念では、前年にチェッカーノルドと並んで世界最強馬に選ばれたニッポーテイオーに敗北し、またしてもGIタイトルを手にすることはできなかった。マイルの絶対王者ニッポーテイオーがいる国内ではGIを勝つことができないと考えた羅馬オーナーは、頑張っているチェッカーロマンにGIタイトルを贈るため、目を海外に向けた。

英国で開催されるエクリプスステークスGIに挑んだチェッカーロマンは、GIを10勝しているムトトらと激戦を繰り広げながらも4着に敗れた。続いて、昨年挑戦して7着に敗れたベルリン大賞GIに再び参戦したチェッカーロマンは、成長を見せたものの、惜しくもザフィルバートに2着に終わった。

海外でのGI奪取に失敗したチェッカーロマンは、帰国後、ニッポーテイオー不在の天皇賞(秋)GIに挑戦した。しかし、そこに待ち受けていたのは地方から移籍してきた葦毛の怪物オグリキャップと白い稲妻タマモクロスであった。勢いに乗る3歳と4歳の二頭の葦毛馬に人気が集まる中、チェッカーロマンも年長馬代表として3番人気を得た。そして、結果としてオグリキャップの2着に入った。なお、宝塚記念で2着に下したタマモクロスは、再び3着とチェッカーロマンに敗れた。

あと一歩のところでGIタイトルに届かないチェッカーロマンは、定年を迎える前の最終レース有馬記念での最高の栄誉を得ようとした。オグリキャップとタマモクロスの他、菊花賞馬スーパークリーク、桜花賞馬アラホウトク、マイルチャンピオンシップの勝ち馬サッカーボーイ、エリザベス女王杯を制したダイナアクトレス、昨年のダービー馬メリーナイス、前年の安田記念勝ち馬ウインドストースら名だたるGI馬が参戦した有馬記念で、チェッカーロマンは最後の直線でタマモクロスとオグリキャップと激しい叩き合いを繰り広げた。そして宝塚記念と天皇賞(秋)で下しており、このレースを引退試合としていたタマモクロスに敗北した。

こうしてチェッカーロマンはGIに14回挑戦しながら、7回も2着に入りながらも、ついにGIタイトルを取ることはできなかった。58戦17勝、GII7勝、GIII5勝のチェッカーロマンは、ロマニウスとロマーナの間の子の中でも特に優秀な成績を残して繁殖入りをした。


・チェッカーゲオルク

デビュー年にオープン入りを果たしたチェッカーゲオルクは、1988年緒戦を重賞佐賀記念JpnIIIで始めるも、地方と中央の強豪を前に10着に敗れた。

仕切り直しの総武ステークスでは勝利するも、3月に挑んだマーチステークスGIIIでは再び9着と大敗。続く平城京ステークスでも7着に敗れたが、6月の三宮ステークスでは1着入線を果たした。

こうして再び重賞に挑戦することとしたチェッカーゲオルクであったが、マーキュリーカップGIII6着、シリウスステークスGIIIで4着と、やはり重賞ではやや力が及ばなかった。自己条件のペルセウスステークスで2着に連対したチェッカーゲオルクは、年末のギャラクシーステークスで優勝し、翌年の重賞挑戦の準備を整えた。


・チェッカーユキドケ

チェッカーユキドケは、同じ年にデビューしてオープン入りを果たしたチェッカーゲオルクとは異なり、1988年の緒戦の小倉牝馬ステークスGIIIを勝利して重賞タイトルを手にした。1勝クラスからの4連勝での重賞タイトルであった。

そこからの2戦は4着、8着と敗れたが、リステッド競争の札幌日経オープンでは再び勝利。そこからチャレンジカップGIII、アンドロメダステークス、ターコイズステークスGIIIを怒涛の三連勝で一年を終えた。


・チェッカーフルール

東村騎手を鞍上にして1勝クラスを勝ち上がったチェッカーフルールであったが、その東村の都合で中々出走することが叶わなかった。

上田ジョッキーを鞍上にした堀川特別では9着に敗れ、2か月以上の間が空いた翌走も4着に敗れた。再び上田を乗せた4月の競争も9着に敗れ、陣営は東村の都合に合わせてチェッカーフルールを走らせることを決心した。

それから再び3ヶ月以上が開いた7月のフィリピントロフィーでは2着に入り、東村騎手との相性が再確認された。そして翌月の濃尾特別で2勝クラスを勝ち上がり、赤富士ステークスも勝利してチェッカーフルールはオープン馬になることができた。


・チェッカーアトラス

新馬戦を圧勝したチェッカーアトラスは、クラシック路線へ挑戦するため、2走目を京成杯GIIIに定めた。そしてここでも勝利したチェッカーアトラスは、皐月賞へ向かうため、トライアルのきさらぎ賞に臨んだ。だが、ここでは葦毛の怪物オグリキャップがレコード勝ちする次元の違う走りを見せ、チェッカーアトラスは初の敗北を喫した。もう一つのトライアルである弥生賞GIIIに向かったチェッカーアトラスは、ここでは朝日杯フューチュリティステークスGIの勝ち馬サクラチヨノオーの3着に敗れた。

不安の中迎えた本番の皐月賞、チェッカーアトラスは、弥生賞に続いてサクラチヨノオーの6着に敗れた。

強敵を前にダービーを諦めたチェッカーアトラスは、地道に賞金を加算することを選び、次走を白百合ステークスに定めた。そしてそこを快勝したチェッカーアトラスは、ラジオNIKKEI賞GIIIも勝ったが、神戸新聞杯GIIではミスターシクレノンの3着に敗れた。

将来を見据えて海外競馬の経験をさせようとした陣営は、年末に米国のヒルプリンスステークスGIIIに挑戦するもここは8着に終わった。


・チェッカークロイツ

菊花賞馬スーパークリークと新馬戦で戦ったチェッカークロイツは、次走の未勝利戦を快勝したが、続くフリージア賞では3着に敗れた。

3月に君子蘭特別に挑んだチェッカークロイツは、ここを快勝し、勢いそのままでスイートピーステークスにも勝利した。オークスへの出走権を手に入れたチェッカークロイツは、実力を試すために3歳牝馬の最も誉れ高いレースに挑んだ。そして5番人気で出走したチェッカークロイツは、好走すれば御の字と思っていた陣営の予想を良い意味で裏切り、なんとオークスを勝ってしまったのである!しかも、6馬身差の圧勝である!新馬戦で負けていたことからもそこまで期待されていなかったチェッカークロイツの勝利は、羅馬オーナーにとって嬉しい誤算となった。チェッカークロイツは、突如として羅馬オーナーに初の芝のクラシックタイトルを届けたのであった。ただ、このレースではスイートローザンヌの故障と予後不良という悲しい事故があったことも忘れてはならない。

チェッカークロイツの強さを信じた羅馬オーナーは、8月に行われるGIIノネット賞に挑むため、愛馬をフランスへ送ったが、慣れない環境に戸惑ったのか、ここは9着に終わった。

帰国後、三冠の最終戦秋華賞GIに出走したチェッカークロイツは、ここでもオークスをフロックと考えていた羅馬オーナーの考えを一蹴し、二冠を達成してしまった。チェッカークロイツの実力を申し訳なさそうに認めた羅馬オーナーは、この馬を桜花賞に出していたらメジロラモーヌ、マックスビューティーに続く史上三頭目の三冠牝馬になったのではないかと後悔した。

チェッカークロイツの底知れない実力を知った羅馬オーナーであったが、年末は鳴尾記念GIIIという格下に挑戦させ、チェッカークロイツにとっては小さな勲章を一つ加えた。いずれにせよ、牝馬二冠を達成したこの馬が最優秀3歳牝馬に選ばれるのは当たり前の事であった。


・チェッカータイタン

メジロティターンとチェッカーレジーナという良血の葦毛馬はチェッカータイタンと名付けられた。羅馬オーナーにとって初の葦毛馬である。2月に新馬戦を迎えたチェッカータイタンは、強力なメンバーを相手とした初出走を9着で終えた。だが、この新馬戦で2着だったアラホウトクが桜花賞を勝ち、他の馬も重賞に挑戦していくこと考えれば、仕方のない結果であったと言える。

だが、この一走で向上心を挫かれたチェッカータキオンは、以降、4着、4着、7着、3着、3着、14着、8着と敗北を繰り返し、結局、未勝利のまま引退した。


・チェッカータキオン

チェッカーコウソクとプルトニアの子であるチェッカータキオンは、成長が遅く、新馬戦には間に合わなかった。初出走となった5月の未勝利戦では2着に敗れ、次走は4着としたが、3走目で勝ち上がった。

しかし、1勝クラスの壁に阻まれたチェッカータキオンは、9着、12着、11着、6着と大きい着順を繰り返し、年内に引退となった。


・チェッカーゼアミ

フィディオンとチェッカーハゴロモの子であるチェッカーゼアミは、新馬戦を8馬身差の圧勝で勝利し、翌年のクラシックを期待された。2走目の京都2歳ステークスGIIIではシャダイカグラの3着に敗れたが、3走目のエリカ賞では勝利して2歳シーズンを終えた。これは羅馬オーナーがこれまで所有した2歳馬の中で最良の成績であったといえよう。


・チェッカーパブ

チェッカービールとプルトニアの間の子であるチェッカーパブは、デビュー戦で3着、2戦目で2着、3戦目でも2着と惜しい競馬をして1988年を終えた。


レヴィンが種牡馬を引退した1988年、滝野川調教師が最多賞金と最多勝率賞を受賞し、最優秀技術調教師となった。



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