羅馬 羅馬男の馬主人生 1986年
- 3月4日
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更新日:3月5日
・チェッカーロマン
善戦を続けていたチェッカーロマンは、前年に京成杯オータムハンデGIIIで初めての重賞勝ちを決め、続く鳴尾記念GIIIでも勝利した。勢いそのままで挑んだ1986年緒戦の京都金杯GIIIでも勝利し、チェッカーロマンは実力を示した。
GIIIを3つ獲得したチェッカーロマンが次に挑んだのは、京都記念GIIであったが、ここではスダホークの2着。続く日経賞GIIとマイラーズカップGIIでもギャロップダイナの2着と惜敗した。だが、5月の目黒記念GIIではチェスナットバレーを下してGII勝ちを果たした。
念願のGII勝ちを果たしたチェッカーロマンは、夏に渡英し、サマーマイルステークスGIIに挑むも、ここは6着に敗れた。
海外の壁の厚さを確認したチェッカーロマンは、帰国後、京都大賞典に挑み、ここでは大逃げを打ったシンブラウンにペースが速まり、最終的にはスズカコバンとの叩き合いを制してレコードで勝利した。なお、目黒記念2着のチェスナットバレーは3着に敗れている。
GIIを2勝したチェッカーロマンは、続いてマイルチャンピオンシップGIに挑戦するが、そこにはマイルの絶対王者ニッポーテイオーが待ち構えており、2着に敗れてしまった。
態勢を立て直すため、チェッカーロマンは阪神カップGIIに挑み、再びGII馬としての実力を示して勝利した。
・チェッカーノルド
前年のアルゼンチン共和国杯GIIに勝利したチェッカーノルドは、1986年を日経新春杯GIIの勝利で始めた。その後、金鯱賞GIIにも勝利してGII3連勝を飾ったチェッカーノルドは、ついにGI大阪杯に挑戦する。
絶対皇帝シンボリルドルフ不在の中行われた1986年の大阪杯GIは、その名馬との叩き合いを経験しているチェッカーノルドの勝利に終わった。ライバルの顔に泥を塗るわけにいかないチェッカーノルドは、大阪杯でスダホークを破った後、再びルドルフ不在のGI宝塚記念に臨んだ。ここでもスダホークを下してGI2勝目を挙げたチェッカーノルドは、いつかくるルドルフとの再戦に備えた。
海外へ挑戦するシンボリルドルフの後を追うように、チェッカーノルドは8月にGIベルリン大賞に挑んだが、ここではストロベリーロードの2着に敗れた。重賞連勝記録を5でストップさせたチェッカーノルドであったが、帰国後は天皇賞(秋)GIでマイルの絶対王者ニッポーテイオーを破ってGI3勝目を挙げた。
有馬でのルドルフとの決戦を夢見るチェッカーノルドは、秋古馬三冠の2戦目ジャパンカップGIでもジュピターアイランドを下して勝利した。なお、このジャパンカップでの勝利は、滝野川厩舎にとって200勝の区切りでもあった。
シンボリルドルフとの決戦の準備を整えたチェッカーノルドであったが、突如、ライバルの引退が発表されてしまう。結局、チェッカーノルドはシンボリルドルフと再度戦うことはできなかったのである。それゆえ、競馬ファンの間では、チェッカーノルドとシンボリルドルフのどちらが強かったのかという議論が絶えない。
シンボリルドルフ引退の報に失望したのか、秋古馬三冠がかかった有馬記念GIでは、チェッカーノルドは精彩を欠き、ダイナガリバーの2着に敗れている。それでもGI4勝を挙げたチェッカーノルドは、最優秀4歳以上牡馬に選ばれただけでなく、羅馬オーナーの馬として初めて年度代表馬にも選ばれた。また、チェッカーノルドの活躍により、主戦の大島騎手が最多勝金獲得騎手に、滝野川が最多勝金獲得調教師に選ばれた。
・チェッカーレガリア
3勝クラスのチェッカーレガリアは、1986年も、2着、5着、2着、4着と掲示板には乗るが勝ちきれないレースを繰り返していた。しかし、7月の阿武隈ステークスで見事勝ち上がり、兄や姉と同じくオープン馬となることができた。
オープン緒戦のクイーンステークスGIIIでも4着に好走したチェッカーレガリアが重賞をとるのはそう遠くない話のように思われた。なお、年内最後の新潟牝馬ステークスでも4着に入っている。
・チェッカーカイソク
デビューした年にオープン馬となったチェッカーカイソクは、1986年緒戦のアルデバランステークスで5着に入ったのを最後に、9着、9着、8着と掲示板を外してしまった。それでもBSN賞からは5着、2着、3着と好走し、オープン勝ちも遠くないように思われた。
・チェッカーカーネル
チェッカーカイソクと同じくオープン馬として1986年を始めたチェッカーカーネルは、同期よりも成績が良かった。白富士ステークスで3着に入ってから、5着、4着、2着、2着、2着と全走を掲示板内にまとめたチェッカーカーネルは、12月のディセンバーステークスでオープン初勝利を飾った。
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