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羅馬 羅馬男の馬主人生 1997年

  • 4 日前
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・ロマノクローチェ

1995年に四冠を達成したロマノクローチェは、1996年には海外G1を勝利していた。だが、彼女の実力は   におけるG1を1勝する程度では十二分に示せたとは言えなかった。そう考えた陣営は、ロマノクローチェの1997年前半シーズンを海外G1に挑戦する時期とした。ペガサスワールドカップトロフィーを皮切りに、オーストラリアンカップ、ガネー賞と米・豪・仏のG1に挑戦したロマノクローチェであったが、結果は全てが2着、2着、4着の惜敗に終わった。

だが、帰国後緒戦となった宝塚記念では、昨年の天皇賞(秋)と有馬記念で苦汁をなめさせられたサクラローレルに勝利し、GI6勝目を飾った。そしてこれは滝野川調教師にとって記念すべき1000勝目でもあった。

宝塚記念後、再び矛先を海外に向けたロマノクローチェは、チェッカーアトラスに続くベルリン大賞G1勝利を目指したが、ここでも2着に惜敗した。

帰国後は昨年3着に終わった天皇賞(秋)と有馬記念の勝利を目指したが、新たな女帝エアグルーヴに屈し、奇しくも再びの3着に沈んだ。


・ロマノエクスプレス

これまで出走機会に恵まれていなかったロマノエクスプレスは、1997年になってようやくコンスタントに使われることができた。

プロキオンステークスGIIをチェッカーアメリゴの3着でシーズンを始めたロマノエクスプレスは、続くダイオライト記念JpnIIで優勝。川崎記念JpnIIはコンサートボーイの2着に惜敗するも、エンプレス杯JpnIIでは再び先頭でゴールインした。

GII級を3勝しているロマノエクスプレスは、GI級タイトルを取るために帝王賞JpnIに出走するも、ここでもコンサートボーイの5着に敗れた。

その後、ブリーダーズゴールドカップJpnIIIでマキバサイレントの2着に敗れたが、その雪辱は続くレディスプレリュードJpnIIで果たした。

重賞を6勝しているロマノエクスプレスは、何としてもGI級タイトルを手にするため、JBCクラシックに参戦したが、ここでは着外の8着。東京大賞典GIでもコンサートボーイの4着に敗れ、結局、GI級のタイトルを手にしないまま繁殖入りした。


・ロマノツァイト

海外を転戦してきたロマノツァイトは、帰国後の12月の中日新聞杯GIIIを制し、日本で存在感を示した。そして1997年の前半は、海外で一線級と戦える実力を日本のファンに示す期間とされた。

小倉牝馬ステークスGIII、金鯱賞GIIと重賞を三連勝したロマノツァイトは、大阪杯GIでも2着に好走し、日本のファンを驚かせた。

6月に渡米したロマノツァイトは、ニューヨークステークスG1では7着に敗れ、再び世界の壁の厚さを思い知らされたが、帰国後の小倉記念GIIIは7馬身差で快勝した。

9月に再びアメリカの地を踏んだロマノツァイトは、フラワーボールステークスG2では3着に惜敗したが、レッドカーペットハンデGIIIではルイベー騎手のエスコートにより久しぶりの海外重賞制覇を成し遂げた。


・ロマノヒャクマン

ディセンバーステークスで勝利したロマノヒャクマンであったが、重賞の舞台では好走するものの、勝利を飾ることができなかった。日経新春杯GIIの5着以降は、全てGIIIに挑んだが、中山牝馬ステークス2着、エプソムカップ9着、府中牝馬ステークス4着、七夕賞3着、京成杯オータムハンデ4着、福島記念3着と善戦以上を果たせなかった。


・ロマノトルコ

2歳重賞ではサンライズパワーにタイトルを阻まれたロマノトルコは、1997年緒戦のブルーバードカップJpnIIIでは新たなライバルであるメイセイオペラに屈して2着に惜敗したが、雲取賞JpnIIIでサンライズパワーに勝利して初の重賞タイトルを手にした。

ダート三冠路線である羽田盃JpnIと東京ダービーJpnIは共に4着に敗れたが、レパードステークスGIIIでは再びサンライズパワーを下して二つ目のタイトルを手に入れた。

満を持して挑んだ三冠最終戦であるジャパンダートクラシックJpnIでは好走したもののメイセイオペラの3着に敗れた。

その後、みやこステークスGIIIでは3つ目のGIII勝利を飾ったが、年末のチャンピオンズカップGIでは半兄のチェッカーアメリゴに敗北して6着に沈んだ。


・ロマノフィナーレ

ロマーナの最後の産駒であるロマノフィナーレは、母に最後の栄光を届けるため、1997年の牝馬クラシックの中心の一頭となろうとしていた。紅梅ステークスを勝利したロマノフィナーレであったが、続くチューリップ賞GIIと桜花賞GIの2着惜敗により、残念ながらこの年の牝馬クラシックの座はメジロドーベルという女傑に譲らなければならないことを悟ることとなる。

オークスでもメジロドーベルに勝ち目がないことを悟ったロマノフィナーレは、NHKマイルカップGIに照準を合わせたが、そちらにもシーキングザパールという強敵が待ち構えており3着に敗れた。

こうしたライバルたちのいないクイーンステークスGIIIで勝利したロマノフィナーレは、紫苑ステークスGIIでメジロドーベルとの激しい戦いを制し、この2冠馬に土をつけた。

ここで自信を得たロマノフィナーレは、母のために秋華賞GIの舞台でメジロドーベルで再度相対することとなった。しかし、結果は誰もが予想していないものとなった。羅馬オーナーが出走させていたロマノヘリオスがまさかの勝利を飾ってしまったのである。ロマノヘリオスの2着に敗れたロマノフィナーレであったが、再びメジロドーベルに先着したことは、彼女が力をつけている証拠であった。だが、次走のエリザベス女王杯GIでは7着に沈み、それが過信であったことを知らしめられた。


・ロマノクリス

ホープフルステークスGIの勝ち馬であるロマノクリスは、当然の様に1997年のクラシックで中心視された。それを裏付けるように弥生賞GIIでも勝利したロマノクリスは、「三冠も取れる」と期待されたが、結果的に三冠を達成したのは、この時ロマノクリスが2着に負かしたメジロブライトであった。

皐月賞GIで3着、ダービーGIで8着に敗れたロマノクリスは、関越ステークスで立て直し、セントライト記念GIIでステイゴールドに8馬身差をつける圧勝をした。だが、続く富士ステークスではシーキングザパールの2着、マイルチャンピオンシップGIではタイキシャトルの3着に惜敗した。


・ロマノヘリオス

2歳の時点で後の二冠牝馬メジロドーベルと三冠牡馬メジロブライトと戦っていたロマノヘリオスは、1997年緒戦の京成杯GIIIで初の重賞勝ちを飾った。その後、フラワーカップGIIIでシーキングザパールの2着に敗れたロマノヘリオスは、日本の同世代には強い馬が多すぎると判断してフランスへ向かったが、世界はそれほど甘くなかった。

クレオパトル賞GIIIで8着に敗れたロマノヘリオスは、帰国後、ラジオNIKKEI賞GIIIとローズステークスGIIIでロマノレーニアの3着に敗れた。もはや活躍の場がないかに思われたロマノヘリオスであったが、次走の秋華賞GIでは誰もをアッと言わせる激走を見せた。牝馬三冠最後の秋華賞では、ロマノフィナーレとメジロドーベルの一騎打ちが予想され、そこにロマノレーニアが割って入ることも予想されていたが、ロマノヘリオスは5番人気というオッズからもわかるように展開予想には入っていなかった。しかし、そうしたマークの手薄さが彼女らしい走りをすることを許し、予想に反して秋華賞GIを駆ってしまったのである。これは村田騎手にとっても嬉しいGI初制覇となった。

村田騎手を代表するお手馬となったロマノヘリオスは、期待されたエリザベス女王杯GIはジョッキーの都合により回避し、ターコイズステークスGIIIに向かい、ここで秋華賞の走りがフロックでないことを証明した。


・ロマノレーニア

1996年末にデビューしたロマノレーニアは、菜の花賞で勝利したものの、クイーンカップGIIIとフィリーズレビューGIIでキョウエイマーチの3着と2着に惜敗した

桜花賞GIでメジロドーベルの5着に敗れたロマノレーニアは、同世代のロマノフィナーレやロマノヘリオスと同様にオークスへは向かわず、独自の路線を走り続けた。

京都新聞杯GIIでチェッカーイザカヤを破ったロマノレーニアは、ラジオNIKKEI賞GIIIではロマノヘリオスに勝利、ローズステークスGIIではキョウエイマーチに雪辱を果たしている。

こうして上がり馬として期待されたロマノレーニアであったが、秋華賞では本命・対抗であったメジロドーベルとロマノフィナーレではなく、伏兵ロマノヘリオスの後塵を拝して4着に敗れた。

その後、エリザベス女王杯GIではロマノフィナーレには先着するものの、ダンスパートナーに敗れての2着に惜敗。年末の阪神カップGIIでは5着に敗れて1997年を終えた。


・ロマノメンバー

最後の新馬戦でデビューしたロマノメンバーは、父チェッカーアラシ、母チェッカータベルナという生粋のロマニウス牧場の血統であった。ダートの新馬戦こそ3着に敗れたものの、芝初戦となった2戦目では無事に勝ち上がることができた。

昇級緒戦の矢車草ではまさかの15着に惨敗したものの、その後は3着、6着と好走し、4戦目に2勝目をあげた。

2勝クラス緒戦は3着、2戦目は5着とロマノメンバーは派手さはないものの着実に成長を続けていた。


・ロマノターキン

レッツゴーターキンとチェッカーアルマダという比較的地味な血統の牝馬はロマノターキンと名付けられて、8月の中京競馬場でデビューした。その新馬戦を4馬身差という悪くない勝ち方をしたロマノターキンは、それでもそれまでの名馬たちほどの期待はされていなかった。

だが、続く札幌2歳ステークスGIIIとアルテミスステークスGIIIび二つの重賞を続けて勝利すると、その下馬評は覆されることとなった。流石に初のGIとなった阪神ジュベナイルフィリーズでは2着に惜敗したが、翌年のクラシックを期待される一頭であることは間違いなかった。


・ロマノクロシオ

チェッカーグルメとチェッカークロイツの子であるロマノクロシオは、新馬戦を7馬身差で快勝したものの、続く黄菊賞では4着に敗退。それでも、三戦目のエリカ賞では2勝目をあげた。


・ロマノオフィーリア

チェッカーノルドとチェッカーヒメの子であるロマノオフィーリアは、新馬戦を3馬身半の差をつけて勝利した。


・シモヤカ

シンボリルドルフとロジータという名馬の子を購入した羅馬オーナーは、その牝馬をシモヤカと名付けた。

デビュー戦を勝利したシモヤカであったが、二戦目では10着に大敗、三戦目でも6着に敗れた。



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