羅馬 羅馬男の馬主人生 1998年
・ロマノクローチェ
ロマノクローチェの1998年緒戦は、米国のペガサスフィリーメアターフG2であった。ここでマックスジーンを負かして海外における二つ目のタイトルを取った後、金鯱賞GIIでも勝利。ヴィクトリアマイルGIでは、メジロドーベルとの一騎打ちが予想されたが、秋華賞を駆った時と同じくロマノヘリオスが人気薄から飛び出し、ロマノクローチェは3着に敗れた。
夏、ドイツへ向かったロマノクローチェは、ハンザ賞G2を快勝すると、昨年2着であったベルリン大賞G1に臨み、59kgの斤量を苦にすることなく、羅馬オーナーに二度目のベルリン大賞勝利を届けた。そして、ベルリン大賞勝ちの勢いを駆って挑んだ凱旋門賞G1では、一番人気に推されるも3着に惜敗した。
ベルリン大賞と凱旋門賞での活躍を手土産に帰国したロマノクローチェは、日本競馬界における主演女優となっていた。しかし、日本には彼女を凌ぐ女帝が君臨していた。エアグルーヴである。海外での実績や四冠牝馬として栄誉から一番人気に推されたジャパンカップでは、女帝に屈しての6着と初めて掲示板を外した。人気を三番に落とした有馬記念でも精彩を欠き、グラスワンダーやスペシャルウィークら「最強世代」の牡馬に負けての6着だった。
・ロマノツァイト
前年に久しぶりの海外重賞制覇を成し遂げたロマノツァイトは、1998年の緒戦である日経新春杯GIIを勝利した後、再び渡米し、トンサン騎手とのコンビでザベリワンステークスG3とエルクホーンステークスG2を連勝した。勢いそのままで挑んだニューヨークステークスG1ではわずか及ばずの2着に惜敗し、GIタイトルを手にすることはできなかった。
夏に渡欧したロマノツァイトは、ロマノクローチェと共にベルリン大賞G1に臨んだが、ここでは6着に敗れ、勝ち馬の引き立て役が関の山であった。
欧州よりも米国の方があっていると判断した陣営は、ロマノクローチェが初めて海外G1タイトルを手にしたE.P.テイラーステークスにロマノツァイトを出走させるも3着。ブリーダーズカップフィリーアンドメアターフG1では8着、香港ヴァーズG1でも8着とロマノツァイトはなかなかGI馬になることができなかった。
・ロマノヒャクマン
惜しい競馬を続けたロマノヒャクマンは、1998年緒戦の中山金杯GIIIで初の重賞勝利を果たした。その後も中山牝馬ステークスGIIIと福島牝馬ステークスGIIIで連続2着の成績を残すも、衰えには勝てず、函館記念で11着に惨敗したのを最後に繁殖入りした。
・ロマノトルコ
前年にロマノトルコと好勝負を演じたメイセイオペラやサンライズパワーといった強敵に加え、1998年にはアブクマポーロやコンサートボーイといった新たなライバルが登場した。地方競馬における全盛期とも言える時代に、ロマノトルコは戦わなければならなかったのである。
緒戦のクイーン賞JpnIIIは牝馬限定戦であったこともあり快勝したが、次走のダイオライト記念JpnIIではアブクマポーロの4着に敗れた。中央におけるアンタレスステークスGIIIでは勝利するも、地方交流となると、名古屋グランプリJpnIIもマーキュリーカップJpnIIIもメイセイオペラに阻まれて、それぞれ4着、2着に惜敗した。
牝馬限定のブリーダーズゴールドカップJpnIIIを勝った後、日本テレビ盃JpnIIではアブクマポーロの2着とまたしても強力な牡馬の後塵を拝した。それでも牝馬同士なら負けなしであり、JBCレディスクラシックでは優勝し、GI級のタイトルを手にした。その勢いを駆った浦和記念JpnIIでも勝利して挑んだ年末の東京大賞典GIでは、今度はコンサートボーイが勝利し、ロマノトルコは5着に敗れた。
・ロマノフィナーレ
中山金杯GIIIの勝利で1998年を始めたロマノフィナーレであったが、その後は惜しい競馬を強いられた。中山記念GII、マイラーズカップGII、京成杯オータムハンデGIII、アイルランドトロフィーGIIで2着、3着、2着、3着と馬券には絡むが勝ちきれなかったのである。
そしてエリザベス女王杯GIでは11着に大敗し、阪神カップGIIでも6着と掲示板を外してしまった。
・ロマノクリス
1998年、ロマノクリスは「最強世代」と呼ばれる歴史的名馬たちとの戦いを繰り広げた。緒戦のアメリカジョッキークラブカップGIIではサイレンススズカの3着、大阪杯GIではエアグルーヴの3着、そして京王杯スプリングカップGIIではタイキシャトルの4着であった。
だが、オールカマーGIIでステイゴールドを破ると、天皇賞(秋)GIで見事優勝し、ホープフルステークス以来のGI勝ちを果たした。そして勢いそのままでマイルチャンピオンシップGIでも、シーキングザパールら並み居る強豪を破って優勝した。
・ロマノヘリオス
秋華賞でアッと言わせたロマノヘリオスであったが、アメリカジョッキークラブカップGIIで4着、阪神牝馬ステークスGIIで2着と、展開が向かなければ勝つことはできなかった。だが、秋華賞のように2頭の強豪の一騎打ちとみられたヴィクトリアマイルGIでは、6番人気のロマノヘリオスが巧妙に抜け出し、秋華賞と同じ勝ち方を見せた。彼女にとっても村田ジョッキーにとっても2つ目のGIタイトルであった。
ロマノヘリオスの実力を本物と判断した陣営は、彼女をフランスのゴントービロン賞G3に出走させたが、ここでは7着に敗れている。そして帰国後もアイルランドトロフィーGIIの3着以降、エリザベス女王GIの9着、ターコイズステークスGIIIの6着と精彩を欠いた走りを見せるようになった。
・ロマノレーニア
白井ジョッキーとのコンビでロマノレーニアは安定した走りを続けた。シルクロードGIII3着で1998年を始めたロマノレーニアは、愛知杯GIIIを駆った後に、新潟大賞典GIIIで2着、安田記念でも3着とGIの舞台でも好走してみせた。
その後、羅馬オーナーに初のセントウルステークスGII勝利を届けた後、スワンステークスGII2着、阪神カップGII5着と全てが掲示板に載る走りであった。
・ロマノメンバー
ロマノメンバーは、当時、羅馬オーナーの持ち馬の中で唯一条件戦で苦しんでいる馬だった。1998年も2勝クラスを4着、9着、3着、2着と惜しい競馬を繰り返していた。それでも必ず人気よりは上位に来ており、時々穴馬券を演出する馬として一部の馬券ファンから好かれていた。
そんなロマノメンバーは、9月の夕月特別でチェッカードリームに勝って3勝目をあげた。7番人気での勝利であった。そして3勝クラスでも4着、3着と必ず人気よりも上位に来て、その走りを見せつけた。
・ロマノターキン
阪神ジュベナイルフィリーズGI2着のロマノターキンは、1998年牝馬クラシックの中心と見做されていた。その下馬評に応えるように、フェアリーステークスGIII、フィリーズレビューGIIを快勝したロマノターキンは、満を持して桜花賞GIに挑んだが、ここではセシルプロミスに先着を許しての3着に敗退した。
この時に精神的ダメージを受けたのか、以降は府中牝馬ステークスGIII2着、ローズステークスGII3着、富士ステークスGII3着、ターコイズステークスGIII4着と敗北を繰り返した。陣営は心の傷が深いと判断し、無理させることなく彼女を繁殖入りさせた。
・ロマノクロシオ
新馬戦で圧勝したロマノクロシオであったが、1998年緒戦のシンザン記念GIIIで11着に大敗した。次走のすみれステークスでは勝利したものの青葉賞GIIでは4着。以降は長期休養にあてたがオクトーバーステークスでも15着に敗退した。
・ロマノオフィーリア
新馬勝ちをしたロマノオフィーリアは1勝クラスで足踏みをした。2着、3着、6着、14着とどんどん着順は落ちていったが、7月に上屋敷ジョッキーと共に人馬2勝目をあげると、その勢いで阿寒湖特別も連勝した。どうやら北海道が得意らしい。
・シモヤカ
デビュー勝ちを飾ったシモヤカであったが、以降は9着、9着、2着、2着となかなか2勝目をあげられずにいた。だが、7月に中京で勝利し、2勝クラスへ勝ち上がった。
2勝クラスでも1勝クラスと同じく、9着、10着、6着、3着、4着と苦戦を強いられた。
・ロマノフェルナンド
ミスターシクレノンとチェッカーイサベルの間に生まれたロマノフェルナンドは、短期免許で来日していたアロフー騎手を鞍上に5馬身差で初勝利をあげた。その後、新人ジョッキーの上屋敷に手綱が渡り、あすなろ賞で彼に初勝利を届けた。しかも、6馬身差という圧巻の勝利である。上屋敷ジョッキーにとって思い出深い馬となったロマノフェルナンドは、以降もルーキー上屋敷と共に成長していく。
若葉ステークスでセイウンスカイの4着に敗れたロマノフェルナンドは、プリンシパルステークスでも3着に敗退し、条件戦に戦場を移した。
2勝クラスでは緒戦こそ2着に敗れたが、2戦目で勝ち上がり、3勝クラスでは昇級緒戦から勝利した。そして初重賞挑戦となったステイヤーズステークスGIIで、いきなりの勝利、しかも2着馬に4馬身差をつけてのレコード勝ちを決めて周囲を驚かせた。なお、このステイヤーズステークスは上屋敷ジョッキーにとっても初の重賞勝利となった。上屋敷は同期の中で抜きんでた11勝という勝鞍をあげただけでなく、重賞まで取ってしまったのである。
・ロマノセトナイ
チェッカースイサンとチェッカービゼンの子であるロマノセトナイは、9馬身差という圧倒的な走りで新馬戦を勝利した。2戦目のエルフィンステークスこそ2着に敗れたが、以降は、フリージア賞、フラワーカップGIII、スイートピーステークスと連勝街道を走り抜け、オークスGIでも勝利してオークス馬となった。
秋華賞GIでこそファレノプシスに敗れたが、年末のアンドロメダステークスでも快勝し、異次元の強さを見せつけた。
・ロマノワシントン
シアトルスルーとチェッカーメガミの子であるロマノワシントンは、村田ジョッキーを鞍上に出走した7月の新馬戦で大差勝ちし、早くも翌年のクラシックの主役と目された。
その下馬評通り、ロマノワシントンは札幌2歳ステークスGIII、サウジアラビアロイヤルカップGIIIを連勝。東スポ杯2歳ステークスGIIでこそアドマイヤコジーンの2着に惜敗するも、朝日杯フューチュリティステークスGIではそのアドマイヤコジーンを負かして堂々の最優秀2歳牡馬に選ばれた。
・ロマノテイオウ
トウカイテイオーとロザムンデの子であるロマノテイオウは、新馬戦を6馬身差で圧勝すると2戦目の百日草特別でも勝利し、同厩舎・馬主のロマノワシントンと共に翌年のクラシック街道へ進もうとした。しかし、実力はロマノワシントンの方が上であり、朝日杯フューチュリティステークスGIでは9着に敗れている。
・ロマノマロン
チェッカーアムールとオグリキャップの子はロマノマロンと名付けられ、ルーキーの上屋敷ジョッキーを鞍上にデビューした。新馬戦を勝ったロマノマロンは、ラップトに乗り替わった2戦目では2着に敗れた。
・ロマノマティルデ
チェッカーヒメとシンボリルドルフの子であるロマノマティルデは、新馬戦こそ4馬身差で勝つも、以降は2着、10着、4着とムラ駆けであった。
・ロマノビキニ
チェッカーハワイとチェッカーパブの子ロマノビキニは、新人の上屋敷騎手を鞍上に8月の中京でデビューした。テイエムオペラオーとハナ差の激戦を繰り広げたこの新馬戦は、伝説の新馬戦として語り継がれることとなる。
新馬戦こそテイエムオペラオーにハナ差及ばなかったロマノビキニであったが、3着以降には大差をつけていた。彼女が二戦目で勝ち上がるのは必定であった。
・ロマノカメーナエ
ラグビーボールとカメーナエの子ロマノカメーナエは、新馬戦で4馬身差をつけて勝利した。
・ロマノスイセイ
チェッカータベルナとチェッカーゼアミの子が生まれた時、一筋の彗星が夜空を照らした。このことからロマノスイセイと名付けられた牝馬は、新馬戦を6馬身差の圧勝でデビューした。だが、2戦目の京都2歳ステークスでは、ロマノビキニと新馬戦で死闘を繰り広げたテイエムオペラオーと激突し、2着に敗れた。
・ロマノハプスブルク
ミスターシービーとロマノカイゼリンの子であるロマノハプスブルクは、新馬戦とひいらぎ賞を連勝した。
1998年は羅馬オーナーの主戦を務めていた東村騎手が引退した。白井騎手も引退し、これによって羅馬オーナーと昔から懇意にしている騎手は村田騎手のみとなった。一方、羅馬オーナーは上屋敷という若手ジョッキーを見いだしていた。世紀末において世代交代が進んでいた。
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