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羅馬 羅馬男の馬主人生 1988年
・チェッカーロマン 明け9歳の古豪チェッカーロマンは、1988年の緒戦アメリカジョッキークラブカップGIIを快勝し、3月の中山記念GIIも勝ってGII3連勝を果たした。 満を持して挑んだ6月の宝塚記念では、前年にチェッカーノルドと並んで世界最強馬に選ばれたニッポーテイオーに敗北し、またしてもGIタイトルを手にすることはできなかった。マイルの絶対王者ニッポーテイオーがいる国内ではGIを勝つことができないと考えた羅馬オーナーは、頑張っているチェッカーロマンにGIタイトルを贈るため、目を海外に向けた。 英国で開催されるエクリプスステークスGIに挑んだチェッカーロマンは、GIを10勝しているムトトらと激戦を繰り広げながらも4着に敗れた。続いて、昨年挑戦して7着に敗れたベルリン大賞GIに再び参戦したチェッカーロマンは、成長を見せたものの、惜しくもザフィルバートに2着に終わった。 海外でのGI奪取に失敗したチェッカーロマンは、帰国後、ニッポーテイオー不在の天皇賞(秋)GIに挑戦した。しかし、そこに待ち受けていたのは地方から移籍してきた葦毛の怪物オグリキャップ


羅馬 羅馬男の馬主人生 1987年
・チェッカーノルド 前年の年度代表馬に選ばれたチェッカーノルドは、1987年の緒戦を香港ゴールドカップGIで迎えた。レーティング135を獲得し、ニッポーテイオーと共に世界最強馬となったチェッカーノルドは、ベルリン大賞ぶりとなる海外GIで成長した実力を見せ、初の海外GIを獲得した。これは羅馬オーナーにとっても初の海外GIとなった。 香港から帰ってきたチェッカーノルドは、天皇賞春秋制覇を達成するため、天皇賞(春)に挑み、ここでも勝利。GI6勝目を飾った。 ここまで順調であったチェッカーノルドだが、その前に強敵が立ちはだかる。マイルの絶対王者ニッポーテイオーである。安田記念GIでチェッカーロマンを破ったニッポーテイオーは、連闘で宝塚記念に参戦。勢いそのままに2週連続でGIを取ってしまったのである。 ニッポーテイオーの2着に敗れたチェッカーノルドは、世界最高峰のレース凱旋門賞GIに挑むため渡仏した。だが、前哨戦のフォワ賞GIIで6着に敗れ、本番では15着に大敗して帰国した。羅馬オーナー初の凱旋門賞は、こうして無念の内に幕を閉じたのである。...


羅馬 羅馬男の馬主人生 1986年
・チェッカーロマン 善戦を続けていたチェッカーロマンは、前年に京成杯オータムハンデGIIIで初めての重賞勝ちを決め、続く鳴尾記念GIIIでも勝利した。勢いそのままで挑んだ1986年緒戦の京都金杯GIIIでも勝利し、チェッカーロマンは実力を示した。 GIIIを3つ獲得したチェッカーロマンが次に挑んだのは、京都記念GIIであったが、ここではスダホークの2着。続く日経賞GIIとマイラーズカップGIIでもギャロップダイナの2着と惜敗した。だが、5月の目黒記念GIIではチェスナットバレーを下してGII勝ちを果たした。 念願のGII勝ちを果たしたチェッカーロマンは、夏に渡英し、サマーマイルステークスGIIに挑むも、ここは6着に敗れた。 海外の壁の厚さを確認したチェッカーロマンは、帰国後、京都大賞典に挑み、ここでは大逃げを打ったシンブラウンにペースが速まり、最終的にはスズカコバンとの叩き合いを制してレコードで勝利した。なお、目黒記念2着のチェスナットバレーは3着に敗れている。 GIIを2勝したチェッカーロマンは、続いてマイルチャンピオンシップGIに挑戦するが、
